9/22土曜日 大会前日
いよいよ大会前日。
この日の予定はレース用の荷造りと会場への移動と受付。
大会当日の起床時間を考え、金曜日から4時起床してコンディションを合わせていた。
この日も同様に4時起床し、お散歩にで出かける。
夏休みで早起きしてきた子供達と朝ごはんを買いにちょこっとサイクリング。
大会の終了と共に子供達の夏休みも終わるので、こういったおでかけもしばらくはお預けだろう。
お昼頃まで自宅で荷造りをしながら過ごす。
事前に配布されている大会プログラムを読み漁り、当日の動きを考えながら荷造り行い、忘れ物がないように準備を行う。
スイムからバイクへ移行するT1(トランンジション1)ポイントに配置する荷物。
バイクからランに移行するT2ポイントに配置する荷物。
スタート直前にスイムのスタート地点で預けることができる荷物には、スタート直前まで持っておきたいものに加え、ゴール後すぐに必要になるアイテムを入れる。
どこに何を入れるかをしっかり考え、分けて荷造りしておく必要がある。
忘れ物はリザルトへ影響する事もあるし、最悪は競技を諦めなければならない保安アイテムもある。
何度も確認しながら荷造りを行なった。
こう言う時は「何か忘れているかもしれない。」という考えが頭から離れないものだが、「最悪今日中に思い出せば、自宅まで取りに帰って来れる。」という呪文を唱えながら、自宅を後にする。
会場がちかくなるにつれて、以前に洞爺湖のサイクリングイベントに参加したことを思い出す。
みたことがある景色を横目に会場に到着。

大会前日はサイクルプラザによるメカニックサポートが受付会場前で行われていた。
大会受付と大会の競技説明会以外の時間はこのメカニックサポートでお手伝い。


慌ただしく時間を過ごしながら大会の競技説明会の時間になり、会場に入る。
競技説明会では競技の流れや注意点など重要な説明を受けた。
初めて参加する競技という事もあり、理解が足りなかったポイントもしばしば。
トライアスロンにおいて「ドラフティング」と言われる前走者を風除けに使うテクニックが禁止されるカテゴリがある。
それ自体は認識していたが、前走者をパスする際にどういった動きでパスすれば良いのか。
スイムの際に見守ってくれるライフセーバーとの緊急時のやり取りの方法。
洞爺湖は水深が非常に深く、岸から少し離れると急激に深くなるポイントがある。
水温も変わるし、視覚的に崖に立っているような感覚になりパニックを起こしてしまう人がいること。
最低限知っておかなければならない情報の説明をしっかりと受け、会場を後にする。
大会当日に向けて起床後のスケジュールを自分の中で決めてメモし、当日はそれになぞって準備を行う。
朝食の時間から会場到着の時間。
T2へ荷物を配置に行く時間、着替えと準備を済ませT1へバイクと荷物を預け、そのままスタートラインへ出発する時間。
朝になって焦らないよう色々とイメージを済ませてから就寝する。
9/23日曜日 大会当日
スタート前
4時起床。
スタートの7時から逆算し、2時間前までに固形物の摂取を終わらせておきたいので、まずは朝食を済ませて会場に移動。
会場に到着するとすでにトライアスロンバイクが走り回っている。
トランジョンへ荷物を配置する受付時間は決まっているので、それまでは荷物の整理をして少し体操をしながら待つ。


まずはT2へランで使うギアを配置しに向かい、準備を済ませる。
T1へのバイクギア配置後はスイムのスタートへ直行することになるため、ウェットスーツなど含め大荷物になりながら向かう。
T1はすでに多くのバイクと参加者でごった返していた。
急に大会がスタート雰囲気にのまれ、徐々に緊張感が高まる。
今ここでウェットスーツを着るべきなのか。
すでに着替えている人もいれば、まだ着替えていない人もいる。
周りの雰囲気を見ながら行動し、遅れを取らないようにスタート地点への移動を開始する。
当日朝早くからメカニックサポートに来ていたサイクルプラザのスタッフや、顔見知りの方にも会うことができた。
これから未知の挑戦にを行う自分にとって、この少しの会話がとても緊張をほぐしてくれた。
頑張って着込んだウェットスーツのチャックが開いてしまい、慌てていたところをサイクルプラザのスタッフに助けてもらったのは内緒だ。

まだまだ元気だったころの写真だ・・・
スタート前にはプレスイムといって、事前に水に体を慣らす時間がある。
ウェットスーツの中に水をいれ、ゴーグルをチェックし、水深が深くなるポイントを一度見てから岸に戻り体操をして体を慣らす。
それなりに準備をしてきた。
ウェットスーツがあるからそんなに大丈夫だろう。
ライフセーバーの数も非常に多く、安心して泳げるだろう。
自分を落ち着けるように繰り返し考えていたが、正直スタート直前は「怖い」という考えが消えなかった。
盛り上げてくれるMCもいたし明るいBGMで会場のボルテージは上がっていた。
それでもスタート前の集合記念写真に写っている自分の顔はきっと引き攣っていたと思う。
それでも競技は始まる。
スイムパート
7時のレーススタートに合わせて先頭の選手は走って水の中へ消えていく。
自分は巻き込まれないよう後ろからスタートし、ゆっくりスイムを開始。
2kmを泳ぐスイムでは2回岸に上がるタイミングがある。
この岸に上がったタイミングで審判に申告すると、残りのスイムをスキップして次の競技に移動することができる。
スキップをすると完走扱いにはならないが、無理をしてスイムを行うと危ないので、場合によってはスキップの申請も最悪あり得ると考えていた。
スイム完了までの関門タイムは8時20分で、そこまでにスイムを終えない場合はその場で競技終了となる。
スキップをするのか、関門タイムギリギリまでチャレンジを続けるのか。
参考タイムが1時間を超える自分にとっては非常に考えどころだった。
泳ぎはじめは選手も多く、度々軽い接触を繰り返す。
接触の度に位置どりや進行方向を確認し、なかなかスムーズに泳ぐことはできない。
慌てているためか、プールでは4ストロークに1回で済んでいた息継ぎも2ストロークに1回行わなければ間に合わない状態。
頻繁な息継ぎでフォームが乱れ、あっというに進行方向が変わってしまう。
進行方向をもどす為に水面に顔を出し目印を確認する。
すでにプールの練習では補いきれていない事態の連続で、あっという間に体力を消耗していく。
途中ライフセーバーにコースを離れすぎていることで注意を受けながらもなんとか1度目の岸に戻ってくる。
「これをまた繰り返さないといけないのか。」
今の疲労具合を考えるとこのままスイムをゴールできるかが全くわからなかった。
時計がないため経過時間もわからず、ゴールに間に合うペースで泳げているのかもわからない。
近くにいた審判に時間を聞いてみると、「焦らないでマイペースで行ってください」という声掛けをもらった。
おそらく関門時間を気にしすぎて無理に挑戦するのは危険な為、そういう回答になるのだろうと感じた。
はっきりいって時計を持っていない自分が悪い。
スイムを完走できるかはわからないが、ここまでこの挑戦にかけた時間を無駄にしたくなかったので、今はこの目の前のチャレンジに集中することにした。
次に水に入った時にはすでに周りの選手はとても少なく、非常に泳ぎやすい。
落ち着いて泳げているからか、息継ぎの回数や進行方向も次第に安定し始めた。
「なんとか泳ぎ切れるかもしれない」
そう思いながら泳ぎ続けるが周りの選手はどんどん減っていく。
2回目に岸に上がった時には周りに数人しかいなかった。
そんな時に前にいたおじさんが時計を見ながら一言発した。
「まだ時間は大丈夫そうだ」
こんなにもおじさんの独り言に感謝したことはないかもしれない。
モチベーションを取り戻し残りのスイムに挑む。
スイムのゴール地点の赤いカーペットが近づいてくる。
MCのマイクの声も聞こえてくる。
「これはゴールできるぞ!」
という実感はあったが。
それと同時にコース脇に並んでいたライフセーバー達が自分の後方で一緒に進んできている様な姿を見て、水中にいる選手が少ないことを理解した。
赤いカーペットに手をつき、膝をつき、陸に上がった。

泳ぎ切った安心で泣きそうになったことは覚えている。
でも泣いてない。
この顔だが泣いてはいなかったはずだ。
重い体を引き摺りながらトランジションへ向かい、シミュレーション通り着替えを始める。
ここで気がついたのだが、今までのスイムトレーニングではなかったくらいに全身の至る所がつってしまっている。
座っているだけで腹筋がつり、靴下を履くだけで足の筋肉がつる。
力んでいたため当然上半身もあちこち強張っていた。
スイムが終わった段階で全身がこの疲労具合になることは想定していなかったが、今は出来ることをするしかない。
吸収が早そうな補給食を口にして、すぐにバイクを始める。
バイクパート
全身がつってしまってることもあって序盤は体の回復に努める。
補給食とスポーツドリンクを飲み、若干回復してきたと思ったら固形物も口にしていく。
バイクの時間は他の競技よりも補給をしやすい為、失った分の回復からランパートに向けての補給まで食べまくる計画だ。
順位が低いこともあり、周りの選手は非常に少ない。
ドラフティングルールによって渋滞することも心配していたが、あまり気にしなくても良さそうだ。
バイクに関しては周りの選手よりも自分のペースが速く、順調に順位を上げていくことができる。
一つ致命的なことがあるとすれば、上半身の筋肉がスイムで終わってしまっているので思うようにエアロフォームを取ることができない。
上腕や肩周りが痛んで低い姿勢を維持できないし、体幹が入らずおもったように出力がだせない。
常に楽な姿勢で風を受けながら走っている状態だった。
今回自分はスイムパートで消耗してしまった事が原因でこの事態に陥っているが、エアロバーがバイクについていれば全然違っただろう。
やはり餅は餅屋、トライアスロンにはトライアスロンバイクだという事を身にしみて感じた。
それでもいくつかある急坂では渋滞する選手達を横目に順位を上げていく事ができた。
たくさんの選手を抜いていく中で一つ面白い体験をした。
スイムをほぼ最後尾で終えた自分が最初の方に見ていた選手達はリムブレーキのロードバイクも多く、トライスーツではないスポーツ着の選手が過半数。
それが順位を上げていくと共にバイクが新しくなって行き、トライアスロンバイクへ。
ウェアはトライスーツをまとった逆三角形の体をしたアスリートが増えていった。
他の参加者たちのトライアスロンに向けるモチベーションが見えて非常に面白かった。
自身のバイクパートの終盤にはAタイプ(自身はBタイプ。Aタイプはバイクパートが136.9km Bコースは91.7km)の先頭ライダーに追い越される場面があったが、その姿はさながらサイボーグ。
逆三角形の体で一定のケイデンスでペダリングを刻み、エアロフォームで走り続けるその姿はまさにアスリートだった。
全身痙攣しながらもなんとかごまかし切った状態でバイクパートを終え、T2へ到着。
T2に到着しているバイクの数を見て、自分が全体の半分よりも速くバイクパートを終えている事を認識した。
思ったよりも良い順位になれるかもしれない?
そんな甘い考えを持ちながら着替えを済ませ、ランを開始した。
ランパート
スタートしてすぐに思い知った。
以前バイク100kmラン20kmのトレーニングをした時と同じだ。
いや、もっと酷い状態だと実感した。
呼吸筋の疲労からか、深呼吸をすると咳き込むくらい肺が膨らまない。
呼吸が浅く、早歩きでさえも息が上がってくる。
いつものように走り始めるとすぐに足のどこかがピクピクと痙攣を感じさせる。
しっかり痙攣してしまうとその場から動けなくなってしまい、そうなると完走が遠のく。
ゴールの関門タイムまではかなり時間がある事がわかっていたので、時間をかけてゴールすることを覚悟した。
それまではあまり気にしていなかったが、気温が上がっており、暑さを感じる。
エイドステーションはしっかり用意してあるが、そこで毎度水を飲みすぎてしまうと胃のなかで水分が暴れてしまう。
エイドステーションをスキップしたり、自分の調子を調整しながら進み続けた。
正直言ってランパートのほとんどを歩き続けた。
何度も軽く走り始めたが、その度どこかの筋肉が痙攣を感じさせる。
洞爺湖周辺を走るコース脇にはたくさんの人がBBQやテントでキャンプを楽しんでいる。
自身の状況とのギャップに苦笑いしながらもとにかく進む。
もう何人に追い越されたかわからない。
終いには歩くことさえキツくなって何度か足を止めてしまった。
「もう歩けない」
こんな幼稚園児みたいな発言を30代のおじさんが口にすることになるとは思っていなかった
それでも歩き続け、ゴールの会場が見えてきた。
案内のスタッフも増えてきて、応援してくれる方もいた。
「頑張って!」「ナイスランが見たい!」いろんな声をかけてくれたが、最後まで走ることはできなかった。
MCに讃えられながらも、歩きながらゴールテープを切った。
直後を走っていた選手の子供達が、父に先着しようとしてゴールラインに突っ込んできた。
他所のお子様と一緒にゴールラインを切る不思議な光景になってしまったが、自分は達成感でいっぱいだった。


北海道トライアスロンレース結果
【Bタイプ】
スイム2km バイク91.71km ラン23.1km
総合タイム8:31:32 スイム1:06:18 バイク3:41:40 ラン3:43:34
総合順位81位(完走102名) スイム100位 バイク33位 ラン98位
この結果を見てわかることは、スイムとランにおいて非常にギリギリのラインだったということ。
それなりにトレーニングに時間を割いてやってきたつもりだったが、これがこの競技における完走ぎりぎりの成績だったと言うことだ。
自分を律し、積み重ねていくことでしかこの競技の上達は望めない。
トライアスロンはとてもやりがいのあるスポーツだと感じた。
こんな成績でも正直あまり情けないとは感じていない。
そんな雰囲気作りと達成感がトライアスロンにはある。
順位は確かに存在するが、この完走の達成感で今の自分には十分だ。
大会関係者やライフセーバー、ボランティアなど大会に関わっているすべての方に感謝を申し上げます。
そしてすべての参加者に敬意を表したいと思います。

あとがき
非常に長文になってしまいましたが、お読みいただきありがとうございました。
自身の忘備録の様になってしまいましたが、少しでもトライアスロンに興味を持っていただくきっかけとなれていれば幸いです。
正直人生のなかでも上位にランクインするほどの苦しい経験でした。
それでも不思議と完走した後は「もう一生トライアスロンはやらない」と言う感情にはなりませんでした。
次回があるかはまだ未定ですが、その際にはまた挑戦を見届けていただければ幸いです。
大会関係者やライフセーバー、ボランティアなど大会に関わっているすべての方に感謝を申し上げます。
そしてすべての参加者に敬意を表したいと思います。
店舗にてたくさん応援のお声がけを頂いたみなさま。
本当にありがとうございました。
このトライアスロンの経験をもとに、サイクリストはもちろん、トライアスリートの皆様のバイクパートにも貢献していければと思っております。
引き続きサイクルプラザをどうぞよろしくお願いします。
曽我部


